放置ばかりのだめブログ。
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1920年代に出版された自己啓発書で、ヨーロッパでは超有名な
フローレンス・スコーヴェル・シンさんの代表作です。
時代もあってか、キリスト教的な色合いが強く聖書の言葉を多く引用し、
神への信仰を以って自己実現する方法を分かりやすく書いています。
神は全てをお与え下さるから、自分の心が受け取る準備をしなければならないそうです。
「必ず実現できる」と言う決意を、信仰という裏づけを持って深層心理に刻み込むことで
願いを実現できる可能性を広げてやろうと言う、一種の心理的スキルですね。平たく言うと。
読みやすいし、ちょっと分かりにくいキリスト教的表現には注釈も付いていますから安心です。
僕は典型的な無宗教者なので聖書の言葉にはあまりなじみがないのですが、
実例とともにその状況に適した言葉が引かれているので違和感がなく、じんわりと心に染みてきます。
信心の芽生えとかではないと思いますが。
読むとちょっと試してみたくなるような魅力があるので、図書館ででも見かけたら読んでみてください。
ちなみに僕は学校に遅刻しそうになって、「神は私に青信号をお与えになりました」と念じながら
自転車を漕いだら、案の定赤信号に捕まりました。深層心理に刻み込むのはなかなか難しいです。
繰り返し言われていることは「もう受け取っていると思いなさい」ですね。
前述の通り、信仰心での自己実現のノウハウを中心に書かれています。
この本では「決意の裏づけ」を信仰に限定して話されていますが、他にもきっとあると思うんです。
ひとつ、陳腐な例えを挙げましょう。バトルものの少年漫画を思い出してください。何でもいいですよ。
非常によくあるシーンです。主人公が強力な敵に戦いを挑み、負けそうになっても諦めず
何度も立ち向かって行きます。それを見て敵が一言、「なぜ向かってくるのか」。主人公は答えます。
「お前に負けるわけにはいかない」、あるいは「クリリンのことk仲間の敵討ちだ」かも知れません。
このとき、主人公に対して「なんでやねん」とか思わないですよね。
「敵を倒す」と言う決意に対して、きちんと対応した「裏づけ」になっていますから。
仮に信仰だけが決意の裏づけとして有効ならば、主人公は「私はもう勝利を受け取っている」
と言うのが一番真実味があると言うものです。こっちの方がなんでやねんだと僕は思います。
凄くシラけますよね。キリスト教の隣人愛はどこに
なので、この本を読んで一番強く思うことは「信仰の他に何かいい裏付けないかな」です。
僕も割と負けず嫌いな方なので、「やればできる」と思っていろいろ頑張るんですが、
やっぱり心許ない。裏づけが欲しい。だけどずっと日本で生きてきたから、
特定の宗教に帰依するのって難しいいい。宗教に関しては皆さんもそうだと思うんです。
だから他に何か強力で、かついろんなものに応用が利く裏づけを探してしまいます。
例えば上の例では、主人公は自分の力に対する自信や負ければ死ぬと言う窮鼠のような気持ち、
仲間の敵討ちへの執念が裏づけになっていますね。
或いは「オレ様にできないことはない!」みたいな裏づけ無しの決意で頑張ってしまえたり。
だけどこれらは現実で実際に用いるのは難しいですよね。そんなに恨めしい敵いないよ
とりあえずは受験勉強を頑張れる裏づけが欲しいなあと思うんですが。。。
なかなか思い当たらないですね…。そんな事してる暇があるなら勉強しろってなものですか。
でもまあ、勉強しないで合格する方法とかを考えるよりはいくらか健全だと思いませんか?
うーん…。何かないかなあ。
フローレンス・スコーヴェル・シンさんの代表作です。
時代もあってか、キリスト教的な色合いが強く聖書の言葉を多く引用し、
神への信仰を以って自己実現する方法を分かりやすく書いています。
神は全てをお与え下さるから、自分の心が受け取る準備をしなければならないそうです。
「必ず実現できる」と言う決意を、信仰という裏づけを持って深層心理に刻み込むことで
願いを実現できる可能性を広げてやろうと言う、一種の心理的スキルですね。平たく言うと。
読みやすいし、ちょっと分かりにくいキリスト教的表現には注釈も付いていますから安心です。
僕は典型的な無宗教者なので聖書の言葉にはあまりなじみがないのですが、
実例とともにその状況に適した言葉が引かれているので違和感がなく、じんわりと心に染みてきます。
ちなみに僕は学校に遅刻しそうになって、「神は私に青信号をお与えになりました」と念じながら
自転車を漕いだら、案の定赤信号に捕まりました。深層心理に刻み込むのはなかなか難しいです。
繰り返し言われていることは「もう受け取っていると思いなさい」ですね。
前述の通り、信仰心での自己実現のノウハウを中心に書かれています。
この本では「決意の裏づけ」を信仰に限定して話されていますが、他にもきっとあると思うんです。
ひとつ、陳腐な例えを挙げましょう。バトルものの少年漫画を思い出してください。何でもいいですよ。
非常によくあるシーンです。主人公が強力な敵に戦いを挑み、負けそうになっても諦めず
何度も立ち向かって行きます。それを見て敵が一言、「なぜ向かってくるのか」。主人公は答えます。
「お前に負けるわけにはいかない」、あるいは「
このとき、主人公に対して「なんでやねん」とか思わないですよね。
「敵を倒す」と言う決意に対して、きちんと対応した「裏づけ」になっていますから。
仮に信仰だけが決意の裏づけとして有効ならば、主人公は「私はもう勝利を受け取っている」
と言うのが一番真実味があると言うものです。こっちの方がなんでやねんだと僕は思います。
凄くシラけますよね。
なので、この本を読んで一番強く思うことは「信仰の他に何かいい裏付けないかな」です。
僕も割と負けず嫌いな方なので、「やればできる」と思っていろいろ頑張るんですが、
やっぱり心許ない。裏づけが欲しい。だけどずっと日本で生きてきたから、
特定の宗教に帰依するのって難しいいい。宗教に関しては皆さんもそうだと思うんです。
だから他に何か強力で、かついろんなものに応用が利く裏づけを探してしまいます。
例えば上の例では、主人公は自分の力に対する自信や負ければ死ぬと言う窮鼠のような気持ち、
仲間の敵討ちへの執念が裏づけになっていますね。
或いは「オレ様にできないことはない!」みたいな裏づけ無しの決意で頑張ってしまえたり。
だけどこれらは現実で実際に用いるのは難しいですよね。
なかなか思い当たらないですね…。そんな事してる暇があるなら勉強しろってなものですか。
でもまあ、勉強しないで合格する方法とかを考えるよりはいくらか健全だと思いませんか?
うーん…。何かないかなあ。
(この間数時間)
期待させてしまいましたかね。残念ながら無理でした。
代わりってほどのものではないですし、論点もずれていますがちょろっとはなしたいと思います。
さて、本の中では決意と実現が直結されて話がすすんでいるのですが、信仰に代わる裏づけが
見つからなかった今、簡単に願望を実現するのは難しくなりました。
よって、実現の為には何かしらの努力が必要になってくる気がします。
でも頑張るのって辛いし面倒ですよね。
例えばこんな感じです。僕の所属していた部活(バドミントン部)では毎週一度6キロマラソンで
スタミナの向上を図っていました。言うまでもなくきつかったです。だけどやらなきゃ怒られる。
そこで、走りながら辛いとか苦しいとかネガティブなことを考えるよりは、
「これを走りきったらバドミントンうまくなる」とか「ランナーズハイになれる」とか
無理やりでいいから苦しいことを肯定的に捉える思考をするんです。
これもただなんとなく思うだけじゃだめで、深層心理に刻まれるくらい本気でそう思うこと。
自分を騙してください。本気でそう思えればきっと頑張れます。
でもこれはあくまで努力に対する裏づけで、努力したからと言って必ずしも願望が
実現されるものではないんですよね。その点で本の中で紹介されているものからは
ひとつ次元が下がってしまうのですが。
この場合信仰の代わりになるとしたら、「あれだけ頑張った」という努力に対する自信でしょうか。
頑張った後じゃないと持ち得ない裏づけなので全く同じとはいえませんが。
案外、これが大きな力なのかもしれないですね。
信じるためには根拠が明確な方がいいですから、その点では自分の行動の結果は何よりも
ハッキリした根拠じゃないかなあと思います。
何であれ、意志の力を高めるのは「信じること」です。それはどちらにも共通です。
カルヴァンも予定説で言いました。「信じるものは救われる」と。
物理的には電気信号とごく微量のホルモン(蛋白質)で能率が上がるのですから、人間の意志の力は
原子力以上にエコなエネルギーだと思います。二酸化炭素も出ないですよ!
テクニックを身に付けられたら凄く便利だと思います。信仰でも自分騙しでも。
今後も自分にあった「裏づけ」、探していこうかと思います。
いつ見つかるか分かりませんし、見つからないかもしれないですが。
探しているうちが楽しいとも言いますし!
適当にまとまったところで
いろいろ屁理屈もこねましたが、ゲームの法則は純粋に啓発書としてもお勧めです。
何よりも読みやすく、文体が優しいのでとっつきやすいです。
たまに専門用語ばかりで、やけに上から物を言うような書き方をした啓発書がありますけど
そういう類のものより断然良書だと思います。機会があれば、是非ご一読を。
では、またお目にかかるときまで。
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こんにちは。
興味深いなと思いコメントさせていただきました。
確かに欧米の人たちってほんとにキリスト教が根本にあって、モラルが宗教に基づいているような気がします。
宗教って、自分が正しく生きようとするための自己暗示のようなものなのかもしれませんね。
日本人はそもそも、仏教が入ってくるまでは唯一絶対の神という信仰がなかったそうですから、
日本人の心のあり方として、自己啓発に宗教を繋げていくのは感覚的に難しいのかもしれません。
確かに、スポ根やバトルもののマンガを見ていると
主人公の意志の強さとかやる気ってどこから来るんだろう、って羨ましくなりますよね><
でも実際に生きている世界では仲間の命のためとか、地球のためとか、強ぇ敵と闘うため、とか
そんな現実離れした直接死活問題に繋がるような事態ってないですし。やる気もでないっす。
自分を奮い立たせるための裏づけって、人それぞれで、それを見つけるのは難しそうですね。
逆にそういう裏づけを持てる人って特別なんじゃないでしょうか。
うまいこと生きていきたいものですね。
ご紹介の本を図書館に行って読んでみようかと思いました。
ではでは、突然失礼しました。
確かに欧米の人たちってほんとにキリスト教が根本にあって、モラルが宗教に基づいているような気がします。
宗教って、自分が正しく生きようとするための自己暗示のようなものなのかもしれませんね。
日本人はそもそも、仏教が入ってくるまでは唯一絶対の神という信仰がなかったそうですから、
日本人の心のあり方として、自己啓発に宗教を繋げていくのは感覚的に難しいのかもしれません。
確かに、スポ根やバトルもののマンガを見ていると
主人公の意志の強さとかやる気ってどこから来るんだろう、って羨ましくなりますよね><
でも実際に生きている世界では仲間の命のためとか、地球のためとか、強ぇ敵と闘うため、とか
そんな現実離れした直接死活問題に繋がるような事態ってないですし。やる気もでないっす。
自分を奮い立たせるための裏づけって、人それぞれで、それを見つけるのは難しそうですね。
逆にそういう裏づけを持てる人って特別なんじゃないでしょうか。
うまいこと生きていきたいものですね。
ご紹介の本を図書館に行って読んでみようかと思いました。
ではでは、突然失礼しました。
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